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沐浴中
出産 143


新米「やっち」パパにお風呂に入れてもらっています。

おっさんの様な表情ですが、気持良さそうです。

このオレンジのベビーバスは32年前私も入っていたバスです。
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[2008/04/09 18:22 ] | 生後0ヶ月 | コメント(0) | トラックバック(0)
入院中のまとめ 2
続きです・・

3月26日 41w5d
この日も起床直後から、LDR室に移りNSTでの監視の下点滴による促進剤が開始となった。「やっち」もこの日は「ゆっち」に会えるのではないかと、朝から付き添ってくれていた。
点滴内容は前日と違う薬になっていた。この点滴も20ml/hから開始し、30分ごとに20ml/hずつ増やしていきMAX120ml/hまで使えるということだった。
11時には120ml/hとなったが、前日のように定期的な張りはなく、陣痛が来るように乳頭マッサージやつぼ押しなどをしてみても、全く効果はなかった。
14時には同じ内容の点滴を更新したが、残り数時間しか使えないので、主治医のT医師が今後の方針として、明朝までに生まれなければ帝王切開の可能性が出てくると話があり、私たち夫婦は承諾し、採血・検尿・胸部レントゲン・心電図と術前検査を行った。
16時まで点滴をしたが、張りや痛みは全くなく、点滴終了となった。
夕方は、広い院内を「やっち」と散歩をしたり、シャワー浴をして過ごした。
20時に最後のNSTを行い、児は元気にしていた。
翌日は麻酔科の都合で、何時に手術室に入室できるかわからないということで、22時の消灯以降絶飲食になる。
「やっち」は二日連続で朝から晩まで付き添っているので、疲れが貯まっているように見える。

3月27日 41w6d (手術室入室まで)
6時30分に起床。7時30分にドップラーで児心音を確認する。この日に強制的に出されるとも知らず、とっても元気な心音がだった。
8時40分に「やっち」来院。9時に手術で介助につくS医師から帝王切開について、説明がある。この時、入室が何時になるかわからなく夕方になるかもしれないので、それまでに人工破膜をさせ陣痛をつけさせたり、何で児が降りてこれないのか骨盤のレントゲン写真を撮ろうかと提案があったが、ここまで来たら、レントゲンを撮ったからといって、出てきてくれるわけでもないし、破膜させたからといってスムーズに陣痛が起きて児が降りてくるとは限らないし、感染のリスクもあるし、もしかしたら、陣痛を感じながら手術室への入室もあるかもしれないと思うと、何時になろうと帝王切開で「ゆっち」を安全に産みたいし、これからの育児を考えると私の体力も少しでも残したいと思い、承諾書にサインをする。
10時に麻酔科の診察を受け、腰椎麻酔と硬膜外麻酔を併用して使うと説明を受け承諾した。麻酔科医の説明では、このあと6時間の手術の後に予定を組んだということだった。早くて16時以降の入室がこの時点で決定となった。
前日夜から絶飲食をしている私には、院内の熱い暖房や術前の興奮で脱水のように口渇を感じるし、もともと血糖値の低い私は、空腹なため自分で低血糖を起こしているのが自覚でき冷汗や意識が遠のく感じがしていた。体を起こしていられず、ベッドで横になり時間を待つ。(この様子は、やっちの記事だと、空腹のためイライラしていると書かれていたが、結構具合が悪かったのにわかってもらえなかったらしい・・)
実際イライラはしていたが、空腹のためではなく実母の面会があったためであった。どうしてもどうしても会いたくなかった実母が、やっと「ゆっち」に会える日に来たことで私はパニックになり病室で泣き叫んでしまった。実母は午前中には産まれていると思い面会に来たようで、短時間しか時間が作れなく、孫の顔を見ることなく昼過ぎには帰って行った。
泣いてしまった時に、同室の人が帝王切開への恐怖で泣いていると思ったらしく「怖いのははじめだけ。すぐにかわいい赤ちゃんに会えるよ。会ったら恐怖も痛いのも忘れるよ」とカーテンを開けてわざわざ声をかけてくれ、数日前に生まれた自分の赤ちゃんを見せてくれた。
午後からは点滴を入れ替えたり、剃毛したりと徐々に入室の準備をしていく。
18時45分やっと前の手術が終わり、私の入室の番になった。
ストレッチャーに移り、エレベーター前まで「やっち」に見送られた。
[2008/04/09 18:09 ] | 入院・出産 | コメント(2) | トラックバック(0)
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