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入院中のまとめ 4
続きです・・

3月28日 生後1日目
口渇が強くうがいを希望して、準備してくるという助産師の言葉を聞いて数時間たっても準備はしてくれなかった。麻酔から覚醒していないということで飲水が許可されないまま、ベッド上安静を強いられる。
基本は母児同室だが、術後間もないということで授乳時間の時だけに連れてきてもらうことにする。
消灯過ぎても眠れず、友人などに携帯でメールしていると、廊下をポータブルのレントゲンの機械が通り過ぎる音が聞こえる。「まさか、うちの子に何かあってレントゲン撮るのかな?」と心配になる。(看護師だったからか、音だけでどんな機械が通ったかわかってしまった)
この日担当だった若い助産師は術後患者の看護というか、動けない人の看護をする・自分だったらこうしてほしいのではないか?という気持ちが全くない人だったらしく、ナースコールも届かない位置にあり、時間的に麻酔が覚醒している頃なので呼びたいけど、下肢も動かない状況で、這いずりまわってなんとかナースコールをして、違うスタッフに水を飲ませてもらった。この時に、チクリと担当者が来てくれなかったことを報告した。
そのあと、何事もなかったように点滴の交換をしに訪室したが、目があっても何の声もかけず居なくなる。数10分して「さっき、赤ちゃんが吐いて、血が混ざっていた。医師が見てレントゲンを撮ったが何ともなかった。明朝には医師から説明があると思う」とだけ私に告げていった。そんなことを聞いたら、心配で眠れないしいまそのことを説明するなら、医師からの言葉で聞きたいし、我が子に会わせてほしいと思った。このタイミングでいうことなんだろうか?と担当者に対し段々不信感が強くなる。
2時30分頃授乳のため「ゆっち」がくる。担当者は「モニター付いてますが、鳴ったら来るので授乳してください」と居なくなろうとするので、「モニターって何?パルスオキシメーターのこと?何%でアラーム設定しているの?」とものすごく怒って聞いてしまった。乳首を舐めるだけの授乳を終え「ゆっち」をまた新生児室に連れて行ってもらう。
朝方少し休め、1日半ぶりの朝食が来たが自力で起き上がれず、また這いずり上がってナースコールで朝食のセッティングをお願いしても、担当者は来なかった。配茶のおばさんにテーブルなどを近づけてもらい、なんとか朝食を終えたころに担当者は来た。ベッドを上げただけでめまいがしたが、彼女は血圧も測ってくれなかった。そのあと、「体を拭く準備をしてきます」「赤ちゃんを連れてきます」と言ったきり、日勤の助産師に変わっていた。
普段なら、まだまだ若いから仕方ないわねとか思うけど、この日はやっと我が子に会えた幸せな夜なのにとっても残念な気持ちで朝を迎えたことで悔しくて泣いてしまった。この担当者のことは、後日バースプランのプレビューとして意見の欄があったので、書かせてもらった。主任は教育が至らなかったと謝罪に来たが、師長は「お箸が取れない些細なこと・・」といっていた。匿名ではなく、こんな苦情が出ているのにそう言ってしまうなんて危機感のない師長だと感じた。

日勤者に変わり、血圧を見ながらベッドアップしてくれめまいがすることなく体を起こせた。体も拭いてもらい、まだ下半身が動かないのでオロのナプキンも変えてもらった。朝の授乳になり、児と母のリストバンドの照合で引き渡しになるのだが、夜の担当者が手術室で「ゆっち」を取り上げたのに、私と「ゆっち」に着けるのを忘れたようで、日勤者が「ありえない・・」と絶句しながら着けてくれた。
午前中の内に小児科診察があり、「ゆっち」の出血は2回あっあが、母体の血を飲み込んだものと、児自らの出血があったが今は落ち着いていると説明を受けた。

午後から私の尿管を抜き車いすでトイレに通えた。麻酔の影響と骨盤のゆるみから立っていることもままならなかった。出産前からの下肢の浮腫みがピークになり弾性ストッキングをはいても改善はされなかった。

夕方会社帰りの「やっち」が面会に来てくれた。私の体調の心配はよそに、「ゆっち」の写真を撮ることに夢中になっていた。

この日の夜も授乳以外は新生児室で預かってもらうことにする。「ゆっち」は乳頭の先だけ力強く吸うが、まだまだ母乳は出ない。
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[2008/04/10 17:08 ] | 入院・出産 | コメント(6) | トラックバック(0)
入院中のまとめ 3
またまた、続きです・・

3月27日 41w6d(手術室入室から)
入室してから、血圧計や心電図・パルスオキシメーターを装着し、体位を決め初めに硬膜外チューブを挿入、次に腰椎麻酔を行なった。麻酔科医が、麻酔の効きを確認した後に、ものすごい嘔気が出てきて朦朧としてきた。腰椎麻酔が上のほうまで効いてしまって、血圧が下降したためだったようで、点滴を急速に滴下し少し良くなった。
そんな中、産科医3人がおい布から顔を見せるわけでもなく、「分娩遷延のための帝王切開術を開始します」、「電メス・・」と意識のある私に声をかけないで、開腹を始めた。
手術室の看護師が「もうすぐですよ。胃のあたりを押しだしたら出てきますからね」と声をかけてくれてからは、「やっと、やっとわが子に会えるんだ!」と涙がにじんできて、「ハイ、19時32分出ましたよ」という声と同時に「ゆっち」の鳴き声が手術室に響き渡り、そこからの私は号泣だった。
立会出産ができない代わりに、前日から帝王切開でのバースプランに変更していたため、取り上げられても性別の確認は私自身が行って、取り上げられた瞬間や手術室での「ゆっち」を写真に撮ってほしいとお願いしてあったので、希望をかなえてもらった。
対面した瞬間に「あんたかい(お腹にいたのは・・)。ブチャイクだね」と声をかけてしまった。そのあとは、姫であることを確認し、涙で言葉にはならなかったけど、血液だらけのわが子に握手をしたりキスをしたり、胸の上に乗せてもらって写真を撮った。
「ゆっち」は計測などのため連れて行かれ、そのあとに「パパのいる病棟に先に帰ってますね」と保育器の中に入って行ってしまった。
私は縫合など最後の処置をして、その時に初めて産科医3人が次々と顔を覗かせ「おめでとうございます」と声をかけてくれた。とりあえず、無事に「ゆっち」を取り出してくれたので「ありがとうございます」と返答した。
産まれた瞬間はスタッフみんなから「おめでとう」と言われたけど、ずっと励ましてくれたのは若い麻酔科医だった。
硬膜外チューブは入れたまま、ストレッチャーに乗って20時頃病室に帰室した。

「やっち」は、病棟のロビーでとっても長く感じる時間を一人で過ごしたようで、保育器にタオルで包まれただけの「ゆっち」が戻ってくると、「やっと会えたね」と声をかけ性別を確認させてもらったようだ。ずっと、女の子がほしかった彼なのでとても喜んだのではないかと思う。

私が病室に戻って「やっち」に「オマタ見た?」と聞くと、やさしい顔でうなずいていた。そのあとは、私のバイタルサインや点滴など助産師が確認した後に、「やっち」もそろってカンガルーケアをさせてもらった。そして、左側の乳頭を一生懸命吸う姿なども写真にとってもらった。

22時の消灯過ぎに「やっち」は帰って行った。私は、硬膜外チューブからの薬で痛みはなかったが、麻酔の影響で下肢が自力で動かせずにいた。

その日の夜は、興奮して朝方まで寝付けなかった。


ゆっち 014


ゆっち 016

取り出された瞬間の「ゆっち」です。
[2008/04/10 13:01 ] | 入院・出産 | コメント(0) | トラックバック(0)
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